最近、映画に深い造詣を持つ知己を得たので一緒に付いていった。ウディ・アレンの新作『レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』と同日に鑑賞した作品である。ティモシー・シャラメがしゃらくさいモノローグで恋だの愛だのを芸術だのをうだぐだと語るのを聞いた後に観る作品ではない。雨のニューヨークで甘いキスが行われるのを目撃した後に、オーストリアの田舎町でトチ狂った殺人鬼が若い女性の死体の唇を食いちぎりながら死姦に励む姿など決して観るべきではないと思う。
『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』は、1983年に公開されたオーストリア映画。 1980年にヴェルナー・クニーセクが起こした一家殺害事件を題材としている。 その反社会的な内容から本国オーストリアでは1週間で上映打ち切りとなり、ヨーロッパ各国で上映禁止となった。[……]2020年、『アングスト/不安』というタイトルでリバイバル上映が決定された。(Wiki)
監督・脚本はジェラルド・カーグル。名前すら聞いたことがない、と思ったら、この作品にほとんど全財産を投じてそのまま映画を撮ることを辞めたらしい。なのに1週間で打ち切りとは……
『ANGST/不安』のあらすじ
あらすじはだいたいこんな感じ。ネタバレはあんまりしない範囲で書いています。
老婆を撃って刑務所にぶち込まれた男。刑期を終えるも、頭の中は殺しのことばかり。出所したその足で飯屋に向かい、女性二人を凝視しながらウィンナーを食べてキモがられる。殺人衝動が抑えられない男はタクシーに乗り、郊外へ。降りた先で絶好の隠れ家を見つけ……
ぼやっとごまかしているところもあるが、だいたいこんな感じ。ちなみに映画では出所したことになっているが、本作の主人公のモデルとなった殺人犯、ヴェルナー・クニーセクは釈放の数週間前に許される求職のための外出(3日)の間に事件を起こしたらしい。仕事を探さず獲物を探していたというわけである。恐ろしすぎる。映画で描かれているよりも史実の方がよっぽど恐ろしい。
『ANGST/不安』のよかったところ
ここからは多少ネタバレをしていくので観たい方が居らっしゃれば先に観た方がいいと思います。
カメラワークがすごい

主人公の周囲を衛星のように周るカメラワークが特徴的だった。それから、歩行に合わせたカメラの揺れもいやに印象に残っている。冒頭、鍵がかかった民家の門を開けようとした時、その手に銃がさも当然かのように握られていることにぞっとした。
哀れにも選ばれてしまった犠牲者たちの家を捜索する時、何度も何度も主人公の顔面のアップが抜かれるのも印象的。俳優って本当にすごい。半開きの口、視線の動き、呼吸……どこをどう切り取っても「やばいやつ」であったことよ。
ただ、身体が不自由な息子(実際の事件では母・息子ともに筋ジストロフィーだった)を浴槽に沈め溺死させた後、彼の遺体を二階の浴室から運ぶカットは正直笑ってしまった。息子のもやもやっとした頭皮がずっとアップなのである。周りの人もちょっと笑ってた気がする。緊張と緩和というやつですか?
「やばいやつ」感がすごい

主演のアーウィン・レダーの「やばいやつ」感が本当にすごい。歩き方からして違う。まっすぐ歩いているのにまっすぐ歩いていないというか、とにかく見れば分かる感じになっている。殺人を行った後は死体の頸動脈に噛みつき、吐き、血だらけになりながら女の死体を抱きしめる。
一通りの行為が終わった後は殺害現場となったトンネルから出て、あたりをうろうろする。その「うろうろ」加減がめちゃめちゃ恐ろしかった。意味のない手すり?みたいなものに捕まる。わざわざプールの縁を伝って行わなくてもいいショートカットを行う。門の鍵を執拗に確認したかと思えば、出て行く時は破壊する。そういう「論理の破綻」具合を、論理を使わずに示してくる。
何がやばいのかはわからないが、なんかこの人はやばい。そう思わせる演技だった。正直独白部分に関しては冗長だったかなと思わなくもないが、動作一つ一つは鋭くて鈍い「やばさ」を感じさせた。
図らずも殺してしまった老婆に薬を飲ませて生き返らせようとするシーン。老婆の死体は車椅子に乗っており、主人公は彼女にもたれかかりながら薬を口に突っ込む。主人公の重みで車椅子は動く。スイーッ。生き返らないからまだまだ薬を突っ込む。スイーッ。「あ〜!もう!間違えて殺しちゃったじゃん!!!サイアクゥ!!!!!息子が死んでるのを見せてあげたかったのにィ!!!」癇癪! 車椅子をどーん! 死体が壁にバァ〜〜〜〜ン!

文字にすると滑稽だし、実際問題ちょっと面白いシーンではあったんだけど、「破綻した人間感」というか、当たり前と思われること(たとえば車椅子にもたれかからず動かないようにするとか)を当たり前のように行わないことで異常性を際立たせる手法は割と効いていたなと思った。
そういう意味で、すごく映画版『ヒメアノ〜ル』の森田をこの主人公の中に見出したのであった。

倫理観の欠如というかなんというか。短い時間では言語化できないからまた今度にしますね。
『ANGST/不安』

ANGST/不安(1983)
監督:ジェラルド・カーグル
主演:アーヴィン・レダー
そういえば音楽もよかった……と思ったら音楽担当がクラウス・シュルツらしい。すごいな!
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