身体の洗いすぎをたしなめられたのである。洗えば洗うほど良いものだと信じ込んでいたので、驚いた。ラベンダー湯に浸かるおじさんは事もなげに他人の洗身事情をたしなめのけたあと、浴場を去っていった。
銭湯に行くといつも頭と身体を二回洗う。アリバイ作りである。どこかで「全身があたたまり汚れが浮くから、湯船に浸かった後に身体を洗うのが良い」と聞いたので、本当はシャワーを少しだけ浴びたらすぐに浴槽に入りたい。しかし、身体を洗わないまま湯船に入るのはマナー的にはあまりよろしくない。ということで、「自分は清潔であります」と周囲に報告するために、パフォーマンスとしてのシャンプー・ボディーソープで身体を洗い、浴槽に浸かる。そして十分ぬくまったあと、あらためて本気で全身を洗うようにしていたのである。
そういうわけで今日も揚々と銭湯に向かい、同じようにアリバイとしての洗髪・洗身を行った後、薬湯——今日はラベンダー湯だった——に浸かり、もう一度身体を洗った。そして、たしなめられた。隣り合ったおじさんが急に「お兄さん、よく来るの」と話しかけてくる。「たまにですかねえ」と返して、少々の会話。コロナの前はね、サウナも使えたんだけど。あー、使用禁止になってましたね。今はほら、密になるっつうんで、使えないんだよ。サウナ好きなんで、残念です。高円寺まで行くとサンデッキってサウナもあるけどね。行ったことないんですよ。いいところだよ。へー、行ってみます。
「ところであれだな、身体、洗いすぎじゃねえかな」おじさんは急に言った。
「身体を……洗いすぎ、ですか?」
「お兄さん、何回もシャンプーしてただろ。二回も三回も洗うもんじゃないよ。銭湯のこと考えてるかい? シャンプーもタダじゃないんだから」
おじさんは真っ赤な顔で言った。湯船に浸かりすぎているのか、自分が必要以上にシャンプーとボディーソープを使っていることに本気で怒っているのか全く分からなくて怖かった。あ、はい……すみません。謝ったら、おじさんは喉からぐぅぇんと聞いたことのない音を鳴らして、黙った。それから、この銭湯の常連であること、サンデッキのサービスのこと、オミクロン株のことを話して、浴場から去っていった。おじさんの背中に少しだけ刺青の跡があった。たぶん、菩薩的ななにかだった。



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