緩和ケア病棟の個室には介護用のベッド、祖母が今後ここで過ごす日々の中で点けられることはないであろうテレビ、叔母と母親の荷物が載せられたソファが配置されていた。昼の陽が射し込んで、ベッドのそばに立っていた叔母と母の影が部屋の真ん中に落ちている。1週間ほど前から祖母はここで過ごしているらしい。
ベッドに横たわる祖母は目を閉じ、時折ああ、とかうう、とか呻り、ずいぶん小さくなった身体をよじるような素振りを見せた。鼻や腕などに複数の管が繋がれている。その管のうちの一つの中を、緑色の液体がすーっと動いていく。ずいぶん物騒な色をした薬だなと思っていたのだが、よく見ると祖母から抜け出るようにして液体が動いていた。あとで調べたのだけれど、これは内視鏡的胆管ドレナージといって、鼻から胆汁を排出するための処置であるようだ。おれの身体の中でもこんな緑色の液体が作られているのかと思うと、脇腹に異物感をおぼえる。
祖母の癌は耳下腺のものが原発で、そこから肝臓やら肺やらさまざまなところに転移したらしい。最初は背中が痛いと整形外科に通っていたのだが、どうもよくならず、しっかり調べてみると、そのようだったという次第である。癌が見つかった当初は杖を使ってひょこひょこと歩いていたようだが、あれよあれよと病状が悪くなり、発熱をきっかけに緩和ケア病棟に入ったということだ。
癌の痛みから逃れるために投与されている薬液のせいで、祖母の意識ははっきりしていない。数度呼びかけ、手を握ると、祖母の瞼が開いて自分を捉えた。息も絶え絶えに、祖母が何かを言った。叔母が翻訳してくれる。
(いつかえる?)
「明日。今日はばあちゃんち泊まる。だから、明日も来んで」
(あした)
「そう、明日。明日も来る」
そう答える自分の声音が、あまりにも「孫」すぎて少し驚く。幼い子をあやすかのように、祖母が握った手を左右に揺らしてくれた。身体をすこし動かすことすら辛いだろうに、どこまでいっても、この人にとって、自分は孫なのである。お寿司ではサーモンがいっとう好きで、ぷよぷよばかりして、炬燵で魔法陣グルグルを読み耽る、孫なのである。
ばあ、おれ、もう30歳なったよ。やから、お寿司やと、えんがわとかの方が好きかもな。でも、サーモンも好きやで。ぷよぷよはあんまりしてないけど、ゲームはしてる。30歳やのに。魔法陣グルグルは、まあ、今読んでもおもろいわ。ばあ、ずっと本読んでたな。ばあの娘、つまりおれのお母様もずーっと読んでるわ。ほんで、それ見て育ったから、おれも読んでる。おれが本好きになれたのって、多分、ばあのおかげやね。あんまり会いに来んで、ごめんね。最近はバタバタしてるけど、でも、毎日愉快にやってます。
翌日の昼、再度面会に訪れるとソファにゴミ袋が置かれていた。施設の職員の方の書き置きが残されている。シーツかタオルか分からないが、昨日、祖母が嘔吐して汚した布類であるらしい。
酸素吸入用の加温加湿装置用水がごぽごぽしている音が耳につく。この日、祖母は一度も言葉を発しなかった。数度だけ目を開いたが、それだけだった。
ずっとおったらキリないからな。叔母か母が言った。コートとマフラーを身につけて、祖母の手を握り、別れを告げた。また来るわ、とも頑張ってな、とも言わなかった。ただ、手を握って別れた。
病院は駅から少し離れていて、送迎バスが出ていた。時間まで待っていると、杖を持ったおばあさんに話しかけられる。
「バス、何分に来るんかな」
もうすぐ来るみたいですよ、と答える。まだ抜けきっていない孫の声音で。
(追記)
最後に面会した次の日……つまり今日、祖母が亡くなった。最後に会えてよかったです。どうか安らかに。


コメント